花療法

 「花療法」は本当に効くのか?---------------------------------

ネットに書かれているものに補筆しました。

                          

ホメオパシーも花療法も、ある時期には多くの治療実績を上げてきました。

当然、彼らは  この実績をもって自分たちの治療の正しさが証明されたと主張します。

しかし、

これは何もホメオパシーに限ってのことではなく、どのような民間療法や他の医学にも

等しく見られる傾向です。

 

しかし、ホメオパシーや花療法の治癒率が、現実にはそれほど高くないことは当事者たちが

一番よく知っています。

もし本当に彼らの宣伝文句のようにホメオパシーに威力があるとするなら、他の療法を併用したり、

原則を歪めたりするようなことはせず、自信を持って自分たちの方法だけで治療を進めるはずです。

ハーネマンやバッチが批判し敵対した現代西洋医学にすり寄るような事はしないはずです。  

一般の人々が、「本当にホメオパシーのレメディーで病気が治ったのか?」

「本当に花レメディーが患者の精神状態を癒したのか?」と疑問を抱くのも当然です。

 

物質の分子が全く存在しない薬(レメディー)が、どうして薬効を発揮できるのか、

現代人の常識納得できないのは当り前です。

 ホメオパシーや花療法では、一体どのようなシステムによって治癒が引き起こされたのでしょうか。

 

残念ながらホメオパシーや花療法には、エネルギー療法としての明確な治療理論は示されていません。

(本にも記述)“錯覚”の可能性、ホメオパシーや花療法によって、実際に多くの患者が治っていますが、

そうした治癒はどのようにして引き起こされたのでしょうか。

 

以下ではその治癒メカニズムの可能性について考えてみます。

ホメオパシーに反対する西洋医学の医師は、ホメオパシーのレメディーによる治癒を

認めようとしません。

 

たまたま病気が治るべき時期に至っていたのであって、レメディーで治ったというのは

“錯覚”である主張します。

何もホメオパシーのレメディーを用いなくても、放っておいても病気は治ったと言うのです。

当然、ホメオパシーのレメディーが身体の生命エネルギーを刺激した結果、病気が治ったという

見解をめません。

こうした西洋医学サイドの批判には、たしかに一理あります。“自然快癒”の時期がきていたという

可能を否定することはできません。

 

民間療法で治ったという体験談には、そうしたケースが数多く含まれています。

“プラシーボ”の可能性、現代のホリスティック医学の第一人者、アンドルー・ワイルが盛んに

強調するように、“プラシーボ”によって治癒効果が引き起こされたと考えることもできます。

ホメオパシーや花療法のレメディーとは全く無関係に、患者自身の心の活性化プロセスによって

“自然治癒力”が働くようになった可能性があるのです。

 

プラシーボ効果については現在では、下手な薬品よりも治療効果の高いことが確かめられています。

プラシーボの効き目は、おそらくホメオパシーや花療法のレメディーとは比較にならないくらい

大きいと思われます。あるいは、そもそもそうした比較さえ意味のないことかもしれません。

ホメオパシーや花療法の治癒作用のすべてが、実は“プラシーボ”であったなどということに

なるかもしれません。

 

レメディーの治癒力は、微々たるものとは言っても、ホメオパシーや花療法のレメディーに

「未知の治療能力」が含まれている可能性を頭から否定することはできません。

レメディーの効果は、非物質的なエネルギー、あるいはもっと別の霊的な要素によって引き

起こされたのかもしれません。

 

ホメオパシーでは、そうしたエネルギーについては、今後の科学の研究によって明らかにされると

言っています。しかし、仮にホメオパシーや花療法のレメディーにそうした神秘的な力があるとしても、

微々たるものでしかないと思われます。

 

ハーネマンやバッチは、どうして人間の「生体エネルギー」の持つ治癒力の大きさに気がつかなかったの

でしょうか。人間の持つ生体エネルギーと比べたら、レメディーの治癒力は取るに足らないものであることに

思いが至らなかったのでしょうか。まして、。バッチのように“心”についての影響力を突き詰めて探求していく

ならば、人生観の転換や呼吸法などの他の手段の効果の大きさも無視できなくなるはずです。

 

心の病気に対して花レメディーという外部からの投薬方式では、たとえそれに少々の霊的な治癒エネルギー

含まれていたとしても、その効果はあまりにもわずかなものと言わざるをえません。

バッチほどの“霊感”の優れた人間が、なぜ花に内在するエネルギーだけにとらわれ続けたのか、

不思議な気がします。

おそらくは彼の心の中には、ホメオパシーで学んだレメディーが先入観として強く存在していたのでしょう。

 

スピリチュアル・ヒーリング進行の可能性ホメオパシーではレメディーをつくる際に、

希釈液を激しく振ります。この行為は霊的には重要な意味を持っています。

スピリチュアル・ヒーリングの世界では、人格の優れたヒーラーが手にした水に、

「スピリット(霊医)」が治癒エネルギーを注ぎ込み、患者の病気を治すといったことが現実に行われています。

 

これと同じようなプロセスが、人格の優れたホメオパシー医にも成立する可能性が考えられます。

その場合ホメオパシー医は、スピリチュアル・ヒーリングを行っていることになります。

また希釈液を激しく振るという行為を通じて、ホメオパシー医の有する「生体エネルギー」が希釈液の中に

取り込まれる可能性も考えられます。

 

ホメオパシーでは、希釈と振とうによって物質に内在していたエネルギーが分離させられると

考えますが、実際には、振ろとうしている人間の生体エネルギーが希釈液の中に取り込まれる

ということかもしれないのです。

そうした形を通じて、ハーネマンもバッチも、無意識のうちにスピリチュアル・ヒーラーの役割を果たして

いたのではないかと思われます。

 

スピリチュアル・ヒーリングでは、治療師(ヒーラー)の人格が治療結果に決定的な影響を及ぼします。

ハーネマンもバッチも、自らをスピリチュアル・ヒーラーとは自覚していなくても、いつの間にか

スピリュアル・ヒーラーとして治療をしていた可能性が考えられます。

創始者と後継者の大きなギャップ―人格性・霊性の違いホメオパシーも花療法も、エネルギー療法として見る

かぎり、特に優れたものとは言えません。

 

現在のホメオパシーと、花療法における最大の問題は、後継者たちが創始者(ハーネマン、バッチ)のよう

高い治療実績を上げられなくなっているという現実です。

ハーネマンやバッチは、本当はレメディーなど用いなくても優れた治療実績を上げる

ことができたはずです。

「スピリチュアル・ヒーリング」という最も強力な治療を、無意識のうちに進めることができたからです。

 

こうした治療の背景に隠されている重大な事実を知らず、ただ創始者のつくり出した方法だけを真似しても、

同様の効果を上げられないのは当然です。

「エネルギー療法はヒーラーの人格によって左右される」

「エネルギー療法の効果を決めるのは人間性(霊性)であってマニュアルではない」――

 

この肝心な点に気がつかないまま、創始者のつくり出したノウハウだけにしがみつきそれを忠実に踏襲しても、

混乱と迷いが拡大するだけで発展性はありません。

バッチの花療法の実績は、バッチの優れた人格性(霊性)によるものであり、レメディーが優れていたか

ではなかったのです。

 

現在のバッチの後継者が、創始者と同じような実績を上げたいと思うなら、バッチの無私の精神、あふれ

ばかりの人類愛に倣って人格を磨くことです。

繰り返し述べますが、バッチの場合は、何もレメディーを用いなくても「手かざしをする」だけでも

「話をする」だけでもよかったのです。

バッチは、病気の一番の原因は心・精神にあるとの卓見に至ったものの、「エネルギー医学」としての

容を深めることなく中途半端に終わってしまいました。

 

それが彼の後継者に、混乱と戸惑い、不必要な苦しみを与えることになっています。

ホメオパシーも花療法も、今後スピリチュアル・ヒーリングが普及し、「霊的エネルギー療法」について

の見識が定着するに従い、早晩姿を消すことになるのではないでしょうか。